今回勉強になった色々
今回、母の緊急入院から旅立ちを見送るまでの期間に
本当に色々と勉強になりました。
まずは、医師の言葉の重さを、きっと当の医師自身はあまり感じていないという・・・よく新聞の投書欄等で見てきた体験談を自分が実際体験すると、やるせない思いや矛盾にさいなまれるという事。
最前線にいる心臓外科や循環器の先生方々にとって多くの患者の中の1人でしかないのでしょうが、私たちにとってはかけがえのない大事な人なのです。
確かに感情は無にしてモノのように扱っていかないと、患者をさばけない日常がある事は理解できます。
が、やはり「医は仁術」ではないでしょうか?
せめて、もう少し配慮があってもいいのではないかと思う場面が多々ありました。
詳しくは書けないけれど、私は矛盾を拭えないまま
先生にどう質問しようか?母にどう伝えようか?と葛藤中に・・・母は旅立ってしまいました。
入院中の母は「今年は春になっても寒くてしんどかったけど、ずっと我慢したのがいけなかった」と言っていました。
日本人はとにかく我慢強い人種ではありますが、母の世代は特に我慢強さも筋金入りかと思います。
今回も酷くなるまで我慢していたみたいだし、実は7年前もそうなんです。
あの時「油断大敵!」と自分で言ってたくせに・・・ですね。
皆さん!過度の我慢は禁物ですよ!!!私も持病持ちなので気を付けます!
「すぐと言う事は無いけど、1カ月単位の保障はありません」と言われ
一度宝塚に帰って色々してからまた来ようと思い、
母と最後に交わした言葉は「ほな、帰るね!また来るわ」
「はいはい。帰って!気を付けて」という普通のものでした。
母は畑の事を気にしていて父にあれこれ指示をしていました。
「お母さん!こんなところから、お父さんを遠隔操作してたの?すごいね!」というと
「そうやよ!芽が出た分は後から帰って私がするからそのままにしておいて」と
良くなって帰る気満々でした。
最後の会話を覚えておきたいからここに書きとめているだけですが
こんな会話があったのに医師の冷たい言葉が今更ながら残念でなりません。
あとは、葬儀にまつわるビジネスのあいまいさについて。
まだまだ不勉強ではありますが、一応キリスト教について学生時代に学び、お遍路に行きはじめてからは仏教に対しても少しずつ造詣を深めていっている最中の私です。
が、いざ「葬儀」!となると、本来の仏教の考えも何も後回しで、まず「お金ありき」のシステムに驚愕しました。
悲しみと同時に忙しさに追われ、判断力を無くしている遺族につけこむ商売と言われても仕方がないシステムではないかと思います。
当事者になることは一生のうち何度も無い場合が多いので知らない事ばかり。
納得がいかず質問ばかりする私は田舎の人々から「THE関西人」に見えたと思います。
「こういう請求書の内容について質問してきた人は初めてです」と言われてしまいました。
ちゃんと「後学の為にも是非知りたいのですが」と丁寧に質問しましたが、多分またもや異端児度に拍車をかけた事でしょう。
でも、聞いてよかったです。知らなかった事が山ほどありました。
導師をしてくれたお坊さんは、親戚であり高校のクラスメイトのI君だったのですが、久々の再会がコレですからきっと嫌われたでしょう。
高校時代はおしとやかに映ってたはずだから(-_-;)
色々もめましたが、母についた戒名はとっても素敵で、皆口を揃えて「良い戒名だ」「Y子さんをよく表わしている」と褒めて下さったので全て「良し」としないといけないですね。
『春陽照心大姉』本当に綺麗な温かい戒名です。
父母の世代までは仏式ですると決めていたなら、それはそのしきたりにある程度従わないといけないのでしょうね。
自分の死後についてはずいぶん前から常々家族に話してきましたが
改めて「いつ何があるか分からないので確認を含めて宣言しておきます!私は無宗教ですし葬儀もお墓も要りません。市で火葬をしてもらったら、遺灰はHawaiiの海に散骨してください。その旅費諸々は残しておきますから、よろしくお願いします。そして、全て終わってから旅立った旨をこれだけの人に知らせて欲しい名簿は作っておきます」と、重々お願いしてきました。
私は肉体やしがらみから解放されたら、魂だけで世界中を旅します。
各宗教を否定はしません。それぞれの宗教の教えに共感できる所も多々あります。
が、本来の意味を無くし、ビジネスにしてしまっている部分は共感しかねます。
これを機会に、もう少しこの分野の勉強もしたいと思います。
あまり詳しく書けない部分もあり、かなりの散文となってしまいましたが、自分の備忘録も含めての記事なので、どうかお許しを<(_ _)>
- 2012.04.30 Monday
- 私のこと
- 04:05
- comments(0)
- -
- by Lemongrass